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雑記(仮)

仕事や私生活など日々の中で感じた事。詩的よりも散文的に

ブルックリンの恋人たちを観に行って

雑記

プラダを着た悪魔の監督アシスタント(当時)と同作の主演を務めたアン・ハサウェイが自らプロデューサーとして作り上げた本作。

色々と書き出してみたが、なんとも感想が無いのが感想。

下書きでずっと眠っていたので、単なる備忘録になってしまった。

 

3月14日(土)晴れ  

20:00

社長から朝に降って来た仕事が思いのほか早く片付いたので、気分転換に

映画でも観に行こうと思い、TOHOシネマズ六本木のサイトへアクセスをした。

 

アン・ハサウェイが「プラダを着た悪魔」のスタッフと組んだ恋愛映画が話題になっていたな。とうろ覚えで画面をスクロールしたら、見つかった。

「ブルックリンの恋人たち」と言うらしい。

タイトルの意味は良く分からないが、まあ良いか。さして考えず今夜観る映画を決めた。

丁度、21:15開始の席が空いていたのでさっそくWeb決済を行い、F11番と

良い席が取れたのだが、画面を観るとどうやら両隣りはカップルらしい。

別に男が1人で恋愛映画を観に行っても何も問題ないだろう。

デスクに広げていたTinkpadを鞄に仕舞い込んで足早にオフィスを出た。

 

大江戸線六本木駅の出口を駆け上がると、何時もの六本木の風景が広がっていた。

前職の子会社が近くにあるのでこの街には昔から良く来ていたが、何度来ても慣れないところだ。

そんな事を思っていたが時間が迫っていたので、酔っぱらって足元がふら付いている若い男性集団をしり目に、六本木ヒルズへと急いだ。

 

TOHOシネマズのロビーは、ホワイトデーの夜という事もあって、多くのカップルで賑わっていた。早速、発券しようと機械に向かったら、端正な顔立ちをした美男美女と擦れ違ったので、つい目で追ったら顔を背けられてしまった。

恐らく、芸能人かモデルなのだろうが、テレビも雑誌も観ないので誰だか分からなかった。

昼過ぎから何も食べていなかったので、売店でチキンサンドとビールを買った。

1,100円。

 

21:15

上映時間となったが、実際に開始されたのは15分後の21:30からだった。

それまでの間はこれから公開される映画の宣伝や相変わらずの映画泥棒の映像が流れた。

1人で観に来ると、この時間は酷く退屈に感じる。

お金を支払っているのに、強制的に広告を観させられているのは良い気分ではない。

お腹が減っていたのでチキンサンドはすぐに平らげてしまったが、暗がりで気づかなかったのか、手にはソースがびちゃっと付いていた。

服に垂れない様に慎重に腰を浮かせた私は、ジーンズの後ろポケットからティッシュを取り出すと丁寧に拭った。

そんな事をしている間に本編が始まった。原題は「Song one」

「ブルックリンの恋人たち」よりはずっと良さそうじゃないか。

 

あらすじはこうだ。

モロッコで生活しながら人類学博士号を目指すフラニー(アン・ハサウェイ)は、ミュージシャン志望の弟のヘンリー(ベン・ローゼンフィールド)が交通事故で昏睡状態に陥ったため、急遽家族が暮らすニューヨークへと戻ってくる。大学を辞めてミュージシャンになると言った弟に反対し大喧嘩になって以来、疎遠となっていたフラニーは、弟の意識が戻る可能性は低いと医者に聞かされ動揺する。弟の部屋でみつけた自作の曲を初めて聴くと、それは人の胸を打つ素晴らしい曲だった。自分が今まで弟のことを何も知らないでいたことを悔やみ、彼が何を感じてきたかを知ろうと、フラニーは弟の日記を手に、バイトをしていたギター店、ガールフレンドと一緒に行った食堂、ライブハウスなど足跡をたどっていく。そしてある日、ライブハウスで彼が憧れるミュージシャンのジェームス(ジョニー・フリン)と出会い、音楽を通して互いに惹かれ合っていくが―。

 

 出典:アン・ハサウェイが語る、プラダを着た悪魔のスタッフと手掛けた映画『ブルックリンの恋人たち』 | ニュース - ファッションプレス

 

弟のヘンリーは大学を中退してミュージシャンを目指しているのだが、恐らく才能は無いのだろう。折角Youtubeにアップロードしている動画の再生数も243回と寂しい。

映画の冒頭で、地下鉄構内の道で弾き語りをした帰り道、ヘッドフォンを付けたまま道を渡ろうとした矢先に交通事故に遭遇してしまい、昏睡状態に陥ってしまう可愛そうな弟だ。

 

皮肉にも彼が行く予定だったライブに姉フラニーが代わりに訪れた事で有名ミュージシャンのジェームスと知り合うのだが、フラニーは弟の境遇と自作のCDを彼に渡して、良かったらお見舞いに来て欲しいと彼に伝えるのである。なかなか積極的だ。

 

多くのファンから自作のCDを手一杯に渡されているジェームスからすれば迷惑な話であるが、相手はアン・ハサウェイだ。

勿論、次の日にコーヒーカップを両手に持ってお見舞いに訪れている。きっと、一度病室を覗きに来て、彼女が1人でいる事を確認した上で、買いに戻ったのだろう。

 

このジェームスという男。劇中では、それなりにファンも多く、才能に溢れるミュージシャンである。ディナーを食べているだけでサインを求められる描写から、顔も売れているのだろう。

ただ、ライブの時に魅せるエネルギー溢れる姿とは打って変わって、会話をする時やインタビューでは、相手の顔をあまり見ずにどもりながら話すシャイな男なのだ。

 

劇中でメインで出てくる男性はこの2人だけである。

ありふれた恋愛映画に登場するマチズモやリッチな男性などは出てこない。 

物語は、昏睡状態のヘンリーをかすがいにしながら、フラニーとジェームスは関係を深めて行き、肉体関係に至る。

ラニーが病室で甲斐甲斐しく、音楽を演奏して来た成果からかヘンリーは奇跡的に昏睡状態から目を醒ますのだが、その時にはジェームスは病院から去っており、彼が目を醒ました事を知らず、フラニーとも会わずにブルックリンを去るのである。

 

どうやら1年半前の私はここら辺で書くのを飽きたらしい。

われながらスノッブな文章に恥ずかしい思いだ。

何を伝えたかったのかはすっかり忘れてしまったが、恐らく主人公である女性のアン・ハサウェイが能動的に、男性のジェームスが受動的に恋愛が進んで行く新しいタイプの恋愛映画だったことを伝えたかったのだと思う。